「ショックをハンドルする」 この言葉は、高校生の頃よく聴いていた、ピーター・ガブリエルの "Mercy Street" という歌から引用しました。
とても強く惹きつけられた言葉でした。
(歌詞全訳はこちらから) http://kawasaki5600.blog64.fc2.com/blog-entry-57.html
Peter Gabriel - Mercy Street http://www.youtube.com/watch?v=DYw9UrsFJa4
そして私が当時聴いていたのはミリアム・ストックリーのカバーのほうです。 Miriam Stockley - Mercy Street http://www.youtube.com/watch?v=a0IC9SPIeXc
この言葉はこんな風に使われています。 (※対訳はアルバム "Miriam" 内の歌詞カードより)
pulling out the papers from the drawers that slide smooth (滑りのいい引き出しから紙を取り出し)
tugging at the darkness, word upon word (闇を引っ張っている、言葉ごとに)
confessing all the secret things in the warm velvet box to the priest (暖かいベルベットの箱の中にある すべての秘密を告白する)
he's the doctor (神父様に、彼は医者だから)
he can handle the shocks (衝撃に耐えられるはず)
打ち明ける秘密とは一体どんなものなのか、 およそ大概の人の痛みや苦しみを見慣れている医者だからこそ、告白できるほどの衝撃の強いものなのか。
その秘密の内容も気になったものの、 私は "handle the shocks" という言葉に強く惹かれたのでした。
歌詞の中でも"priest"(カトリックの聖職者)となぞらえている通り、 医者という庶民から見れば聖職に近いような職業の人々に求められる素質はショックを懐柔できることなのだと。
医者にとって重要な素質はメンタルの強さなのかと、少なくともそれを求めている人がいるのだと知ったのでした。
そして痛みに苦しむ人々を治療する医者がなんだかとても神聖なもののように思えたのでした。
高校生の頃から "handle the shocks" という言葉を頭の片隅に置きつつ、 日本語に置き換えてしっくりくるような言葉を探し続けているのですが、結局見つからないまま今に至ります。
"handle"という動詞は、操縦するという主要な意味を持ちますが、 放っておいたら好き勝手にどこかに行ってしまいそうな物事を、手なづけて操作するというイメージも私は持っています。
放っておいたら拡大して暴れてままならないショックを、手なづけ自分の中で収めて扱う。 そういう意味の、 "handle the shocks"
漫画のこのページを描くまでに、良い日本語訳が見つけられなかったので、 もうストレートに「ショックをハンドルする」と書きました。
この言葉を、医者になることを決心した主人公に言わせたくてならなかったのです。
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さて高校生の頃、ぼんやりと空想だけで楽しんでいたこの歌詞の全容を、ネットの恩恵で知ることができました。
ピーター・ガブリエルの "Mercy Street" は、アン・セクストン(1928〜1974)というアメリカの詩人の作品を引用した、 双極性障害で苦しみ抜き自殺した、彼女自身をイメージした歌だったとのことです。
こちらのブログにとても詳しい解説が書かれています。 http://ameblo.jp/musubore/entry-11183624358.html
舞台は精神科病棟であり、彼女が告白している神父であり医師は、精神科医だった。
in your daddy's arms (父の腕の中で)
という歌詞の "father" は文字通り父親でもあるでしょうが、キリスト教徒にとっては「神」も意味します。
鬱で苦しんだ果てに自殺した彼女が、神の御腕に抱かれて慈しみの街に辿り着けるようピーター・ガブリエルは願って歌ったのでしょうか。
キリスト教徒にとって、自殺は魂が救済されぬ最大の禁忌と言われているのは有名なことですが、
敬虔な信仰心をもっていた彼女がそれでも自殺せねばならなかったほどの病の苦しみ、心の痛みを救いとり、 安らかな死を願うこの歌の、深い慈しみに胸が打たれました。
しかしここで一つ、翻訳の大きな疑問が湧いてしまったのでした。
he can handle the shocks
とは、私の持っている歌詞カードでは (彼は医者でメンタルが強いからショックをハンドルできる) という意味に訳されていますが、 他の訳を探したところ、 (告白者のショックを落ち着かせてくれる) という意味になっています。
はて? どっち??
ハンドルする対象者が医者自身なのか、患者なのか、断定ができないものの(外国語の詩の翻訳ってこういうところが難しい) ともあれ、やっぱり医者に求められるのは「ショックをハンドルする」ことなのでした。
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アン・セクストンについてはこちらに素敵な解説もあります。 http://note.mu/masayakondo/n/n5f35b70507c8
紹介されている映画『心のカルテ』は観たことがないのですが、 劇中で引用されているという彼女の詩がとても良いですね。
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それはささいなことの中にある 赤ん坊の第一歩は大地を揺るがす 初めて自転車に乗って道路を走った時 初めてお仕置きされて心細かった時 弱虫 貧乏 デブ イカれてると言われ疎外された時 あなたはその毒をのみ込んだ いつか爆弾や銃弾による死が訪れても あなたは国旗など振らず帽子を胸に当てるだけ あなたは心の弱さを甘やかさなかった のみ込み続けた石炭は勇気だ
◇
思わずこれを読んでじわっときました。
この詩で表現されていること、詩人アン・セクストンが励まそうとした存在、 それに心当たりのある人は大勢いるでしょう。
あなたがのみ込み続けたその石炭は勇気だ、という言葉がとても優しく美しく、 この詩を知ってほしい人たちがチラチラと私の頭に浮かぶので、ここに紹介しようと思いました。
ピーター・ガブリエルという偉大な芸術家がアン・セクストンを歌ったこと。
彼女のような人々の心の錯乱や苦しみも、つまらぬものと見過ごさず、すべて覆って慈しんでくれる人が、 直接的な方法ではなく、音楽という形でその視線のありかを教えてくれたことを、知ってほしいと思いました。
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Date: 2018/11/21(水)
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